ポータブル鎖国

パソ禁中に思いついたネタで久しぶりに書いてみました。
ただでさえセンスのない管理人ですが
そのセンスのなさにパソ禁もあってか磨きがかかったようです。



「ポータブル鎖国


俺は星井隆一。
24歳、フリーター。
一応一人暮らしをしていて、
毎日ネット上をだらだらと徘徊する日々を送っている。
そんなある日、
とあるショッピングサイトで変な商品を発見した。
「ポータブル鎖国 〜未来へお連れします〜」
そんな名前がその商品には付いていた。
「未来って何だよ・・まぁ、そんなに高くないし、ネタで買ってみるか」
俺はポチリ、とマウスをクリックし、その商品を買った。


数日経っただろうか、宅配便がやってきて、
例の品物が届いた。
それを受け取ると、俺はその地味な包装をほどき、
「ポータブル鎖国」を取り出した。
中身もそんなに重そうではないが、しっかりした箱のような外見をしていた。


その箱を開け、説明書や保証書の類には目もくれず、本体のスイッチを入れた。
本体には小さい画面があり、「実行しますか?実行するには決定ボタンを5秒間長押しして下さい。」と表示された。
俺は決定ボタンを5秒間長押しした。


すると、「鎖国開始」と表示された後に、「入国者登録を行います」と表示された。
なかなか本格的だな、と思ったのだが、どうもその登録方法がよく分からない。


どうすればいいのか・・と、思っていると、さっきの宅配便のお兄さんがやって来た。
どうも判子のもらい忘れがあったので押してくれと言うので押していると、野良猫のミケがちょこちょこと部屋に入ってきた。
よく家に来る、三毛猫の野良猫だ。
「さてと」
ミケを膝の上に載せながら、説明書を見ると、驚くべき事実が書いてあった。
「このポータブル鎖国は、鎖国状態を体験することの出来る装置です。
最初の入国者登録では、ご家庭の出島とも言える玄関まで入ってくることの出来る2人を登録することが出来ます。登録方法は簡単で、最初に玄関へ入ってきた方2人までが登録されます。」
そして続きにはご丁寧なことに「なお、人間以外の哺乳類も1人とします」と書いてあった。
つまり、玄関まで入ってこれるのは今、俺の膝の上の猫と宅配便のお兄さんだけということになる。
なんだか心許ないなぁと思いつつ次のページを開くと、
さらに驚くべき事が書いてあった。
鎖国状態を実現するために、使用者本人は自宅から出ることが出来ません。また、電気、通信回線の類は完全に遮断されます。なお、食料は1日3食分、このケースから出てきますので、それを使用してください。」
なるほど、などと抜かしている場合ではないことだけは確かだった。
携帯を見ればさっきまでアンテナが3つ立っていたところに「圏外」の文字が、
当然パソコンは立ち上がらず。当然ドアも開かず。
そして窓のシャッターすら開かない事が徹底的な遮断を物語っていた。


こうして俺の鎖国生活は始まった。


確かに1日3回、野菜と米は出てきた。だから食事には困らない。
しかし、娯楽はせいぜい読書(それも家にある最近読んだ奴)、家にあったノートに絵を描いたりしてみたり、といったくらいの物だ。
時折来るミケとじゃれると言う娯楽もあるが、相手は猫、それも野良。
気まぐれで来たり来なかったりだ。
起きていてもこれではする事がないし、この状態がいつまで続くかも分からない。
ということで俺は寝た。


1ヶ月ほど過ぎただろうか、退屈な生活は続くばかりだ。
2日目に気付いたのだが、どうやら新聞すら来ないようだ。
家にある長編小説もそろそろ4冊目の佳境に入ったという感じだ。
幸い、押し入れから実家から持ってきた本が見つかったのは良かった。


3ヶ月が過ぎただろうか、太陽と月を見ていないせいか、日付感覚がなくなってきた。
最近ミケを夢でよく見る。
夢の中でなかなか面白い行動を奴がするので、俺はそれをノートに書き留めることにした。


5ヶ月くらい経っただろう、たぶん。
いつまでこの生活が続くのか、ということを考えることが減ってきた。
そして、このまま死んだらどうなるのだろうかという事が頭の中を支配しつつあった。


7ヶ月目だろうか、
諦念というか、開き直りの兆候が出てきたと自分で思う。
本も底をつき、ついに2周目だ。


たぶん、ノートに書き続けた棒線の数から言うと、
今日は大晦日だろう。
きっと来年もこの調子なんだろうと思いつつ、俺は寝た。


1年と5ヶ月くらいだろうか、
棒線を書くためのペンのインクが無くなって日付を記録できなくなってからだいぶ経つから、もうよく分からない。
相変わらずミケは来て、軽くゴローンと鳴いて出て行ってしまう。


1年と8ヶ月くらいだろう、たぶん。
ポータブル鎖国の説明書を全て暗唱出来るほど読み込んだが、
何も面白くない。


そうしてたぶんあれから2年が経ったと思ったある日、
私が最後に聞いたであろう人間の声がした。


「宅配便でーす」流石にこれだけの間人の声を聞いていないと最後に聞いた声は忘れられないものだ。
宅配便のお兄さんに日付を聞いてみるとやはり2年間経っていた。
そして判子をもらうと彼は帰っていった。
配達物はポータブル鎖国が入っていたような大きさの箱だった。
開けてみると中には黒塗りの艦船模型が入っていた。
もしや「黒船」なのか、と
思ったが、何であろうと今は構わない。
この退屈な生活に新しい物を提供してくれることだけは間違いないのだから。


艦船は缶になっていて、それを開けると一通の封筒が出てきた。
「星井隆一様」そう封筒の表には書いてあった。
封筒の中には便箋は1枚入っていた。
「このたびは当社の「ポータブル鎖国 〜未来へお連れします〜」をご利用頂き、ありがとうございました。これで鎖国生活は終了でございます。」
と、だけ書いてあった。
もう嬉しいと言うよりも安堵感が漂ったと言った感じだったのだが、
ふと疑問が浮かんだ。
「〜未来へお連れします〜」ってどういうことだ?


だが、その疑問はすぐに解けた。
この2年で大きく街は変わり、大きなマンションや駅前の再開発で超高層オフィスビルが建ち、車は流線型のデザインで街中を飛び交い、新聞を見てみればテレビ欄には2年前の数倍の数の局名が書かれていた。
確かに俺は近未来へ連れて行かれた。
〜おしまい〜
お目汚し失礼。