忘れもしないあの名前:第3章


連載SF小説の第3章です。

第1・2章は本家をご覧ください。


忘れもしないあの名前

第3章:サバイバーズ・ギルト



木星冥王星に到着してしばらくしてから、私の体に変化が起こった。

あの時の記憶が急に浮かんできたり、夢に出てくるのだ。

夢の中ではいつも通信が途絶えるところで終わるのだ。

私はそのせいで不眠症になった。



ある日、私は軍病院の知り合いの早川を訪ねた。

症状を話すと早川は

「ああ、そうか、それは”サバイバーズ・ギルト”だな。」

とあっさりという。

「サバイバーズ・ギルト?」

私が全く分からないという風に言うと彼は説明を始めた。

「ああ、わかりやすく言うと自分だけ助かった事への罪悪感、つまり春瀬の場合なら秋水中尉は亡くなったのに自分は生きている事への罪悪感だな」



「はぁ・・・それで治療法は?」

「ない。心の問題だからな。お前が自力で解決するしかない。」

「そうか・・・」

私は早川にお礼を言うと、軍病院を出た。



「サバイバーズ・ギルト、生存者の罪悪感、か・・・」

私は人工雲が浮かぶ空を見上げながらつぶやいた。



それから私も一応あのことを忘れようと努力したが、

症状は治まることなく逆に悪くなる一方で、私は酒におぼれ始めた。



夜のネオン街。

連合宇宙軍は4年契約の給料先払い方式だったから飲む金には困らなかった。

だが金はあっても体は徐々に蝕まれていたのである。



ある日、飲み歩いているとき、私は急にめまいがした。すぐおさまるだろうと思っていたが、なかなかおさまらず、目の前が暗くなっていった。



そして私が目を覚ましたのは、軍病院の病棟内だった。

早川が病室に入ってくる。

「おい春瀬、大丈夫か?ネオン街で倒れているところを発見してもらったんだぞ。全く、気をつけろ。」

天井の全面照明がまぶしい。

「ああ、すまんな・・・ありがとう・・・」

「謝るんだったら俺じゃなくてこの人に謝りな。春瀬を発見してくれた人だ。あ、どうぞお入りください。」

そう早川が言うと、そこには同年代くらいの女性がいた。

「あっ、無事で何よりです・・・大丈夫ですか?」

どことなく不思議なところを秘めた女性だ。

「本当にどうもありがとうございます。なんとお礼していいのやら・・・失礼ですが、お名前をよろしいでしょうか。」

私がそういうと、彼女は、

「申し遅れました。秋水と申します。」

私の体に電撃が走った。

秋水中尉は生前、一人娘がいると言っていたのだ。

しかも私と同い年だと言っていた。

「あの、もしや、あなたは・・」

そこまで私が言うと彼女は

「そうです、秋水玄一郎の娘です。」

と、礼儀正しく言った。

私はまた罪悪感がこみ上げてきて、

「私はあなたに会わせる顔がありません。私があのとき中尉を止めていれば・・・」

すると彼女は窓の外を眺めながら、

「いいんです。父も研究をしながら亡くなって本望だったと思います。」

「それでは私の心がおさまりません。償いをさせてください。」

私がそういうと、彼女は

「そうですか・・・でしたら是非私の父の研究を引き継いでください。きっと父も喜びます。」

「分かりました・・・ありがとうございます・・・」



「そんなに気を落とされないでください。父は自分で選んだ道なのですから・・・」



そういって彼女は連絡先を書き残し、部屋を出て行った。